労働審判(残業代)の答弁書勝てる書き方のコツ
労働審判とは、会社と労働者との間の労働紛争について、裁判官1名と労働関係の専門的な知識経験を有する者2名によって構成される労働審判委員会が、原則として3回以内の期日で審理し、紛争解決をこころみる手続です。
通常の民事裁判と比べると早期の解決が期待できることから、近時は、残業代の請求についても労働審判が申し立てられることが多くなっています。
従業員が労働審判を申し立てた場合、会社は、裁判所から突然に書類が届いて初めてそのことを知ることになります。
裁判所からは、従業員が提出した申立書とあわせて、会社に対して1回目の期日に出頭を求める呼出状と1回目の期日の前に答弁書を提出するよう指示する催告状が届きます。
労働審判を会社にとって有利に進めるためには、この1回目の期日前に提出する答弁書に、会社の主張をしっかりと記載することが肝要になります。
労働審判では、1回目の期日が従業員による申立てがあった日から40日以内に設定されますので、会社が答弁書を提出するまでに準備できる時間は非常に短いです。
そのため、ともすれば、2回目以降の期日に主張を補充すれば良く、1回目の期日までに提出する答弁書にはとりあえずの主張を記載しておこうなどと考えてしまいがちです。
実際に、労働審判ではなく、通常の民事裁判の場合には、弁護士が受任した場合であっても、答弁書には、まずは相手方の請求を争う旨記載するにとどめ、詳細な主張は、十分に準備した上で2回目以降の期日で行うのが一般的です。
しかしながら、労働審判の場合には、原則として3回以内の期日で審理が終了しますので、1回目の期日において、実質的な主張・争点の整理や証拠調べは完了してしまい、2回目以降の期日においては、1回目の期日での審理を踏まえて和解・調停での解決ができないかがこころみられることになります。
そのため、1回目の期日で十分な主張ができないと、2回目以降の期日では、従業員に有利に手続きが進んでしまうのです。
したがって、会社の主張を述べることができるのは1回目の期日だけであるというくらいの気持ちで、答弁書には可能な限り全ての主張を記載しておくことが重要なのです。
そのため、答弁書には、従業員の申立書に記載された事実に対する認否や会社の主張に加えて、会社の主張に対して従業員からなされると想定される反論や、それに対する会社側の再反論も含めて全て記載しておくべきです。
また、通常の民事裁判では、こちらに有利な証拠はすぐに提出せずに、相手方から当該証拠と食い違う主張が出てきてから、最後に当該証拠を提出して相手方の主張をひっくり返すという訴訟戦略が取られることがありますが、労働審判においては、このような戦略は通用しません。
労働審判では、1回目の期日までに会社に有利な証拠を全て提出しておかなければ、2回目以降の期日で従業員に有利に手続きが進んでしまうということになりかねませんので、注意して下さい。
もっとも、何でもかんでも会社に有利な事情を記載しておけば良いというわけではありません。
答弁書に記載する事実は、業務日報やメール等の客観的な資料に基づいて裏付けが取れるか否かを慎重に検討した上で記載することが必要です。
しっかりと裏付けがあるか否かを確認せずに不用意に答弁書に事実を記載すると、従業員から思わぬ反論を受けてしまうことがあります。
一度、会社の主張する事実が誤りであると労働審判委員に思われてしまうと、これを覆すことは容易ではありません。
労働審判は3回の期日で審理が終了する短期決戦の場ですので、労働審判委員を味方に付けた方が有利に手続きを進めることができます。労働審判委員の心証を害さないように慎重に事実を述べなければなりません。
更に、従業員から残業代の請求がなされた場合に特に気をつけなければならないのは、残業時間についての主張です。
従業員からは、タイムカード等の客観的な証拠の裏付けなく、従業員自身が書いた手帳の記載やメモ書等を根拠に、これだけ残業したから残業代を支払えといった主張がなされることが少なくありません。
会社としては、そのような手帳の記載やメモ書等は、従業員が勝手に書いたものに過ぎないのですから、残業したことの立証には全くならないと主張しておけば十分であると考えてしまうかもしれません。
しかしながら、(民事裁判でもそうですが)労働審判においては、このような従業員の書いた手帳の記載やメモ書等を根拠にした残業時間の主張についても、会社側がこれを積極的に否定する証拠等を提出して反論をしておかないと、従業員の主張を前提としたまま手続きが進んでしまう可能性が高いのです。
したがって、従業員が自らが書いた手帳の記載やメモ書等を根拠に残業代を請求している場合であっても、会社として従業員が主張する残業時間を争うのであれば、従業員の書いた手帳の記載やメモ書等が、客観的な資料に基づく事実と矛盾することを積極的に主張しておくことが必要になります。
例えば、当該従業員は病欠していた日であるにもかかわらず、従業員からはその日に残業をしていたと主張されていたり、メール等の記載から営業先から直帰したことが明らかであるにもかかわらず、従業員からはオフィスで深夜まで残業をしていたと主張されていたりといった点を指摘することで、従業員の書いた手帳の記載やメモ書等の証拠としての信用性を全体的に下げることができますので、会社に有利に手続きを進めることができるのです。