従業員退職後の競業を禁止できるか?
従業員の競業は会社の
重大なリスクになり得る!
競業とは、シンプルにいえば「営業上の競争をすること」です。
従業員が所属する、あるいは所属していた会社が行なっている事業と同じような業務や取引を他で行なうことで、会社が利益を侵害されることが問題になります。
従業員の競業が問題になるのは、次のようなケースが考えられます。
- ・在職中に会社の事業と競合する業務・取引を他社と行なった。
- ・競合他社に転職した。
- ・退職して独立し、会社と競合する事業を立ち上げた。 など
この場合、従業員が保有する知識や情報などの企業秘密が他社に漏洩してしまうことで顧客や商圏が脅かされたり、会社の顧客を奪取されて、会社が損害を被るリスクがあります。
そのため、会社としては競業を禁止する必要がある場合があります。
会社が従業員の競業を
禁止するには?
しかし、会社は無制限に従業員の競業を禁止することはできません。
日本国憲法では「職業選択の自由」、「営業の自由」が規定されていますし、民法や労働基準法などでは「退職の自由」が認められているからです。
では、どうすればいいのかというと、「競業避止(禁止)義務」が「有効となるように誓約書や就業規則を作成し、従業員の入社時と退職時に誓約しておくことが重要になります。
競業避止義務違反への
ペナルティを検討
そして、従業員が競業避止(禁止)義務に違反した場合、会社は従業員(元従業員)に対して、
- ・競業行為の差し止め請求
- ・損害賠償請求
- ・在職中の場合には懲戒処分(懲戒解雇・減給・退職金不支給など)
などを行なうこともできます。
そこで本記事では、従業員が退職した後の競業問題で会社が取るべき対応について次のような内容をお話ししていきます。
- ・退職の自由の内容
- ・競業避止(禁止)義務の概要
- ・禁止される競業の内容
- ・競業避止(禁止)義務が有効となる判断基準
- ・差し止め請求や損害賠償請求の手続き方法
目次
従業員の競業避止(禁止)義務
とは?
従業員の競業が発覚……
何が問題?
/企業秘密の漏洩・売上減少
在職中の従業員が競業となる取引をしていることが発覚。
退職した元従業員は競合他社の引き抜き転職だった……。
こうした場合、会社としてはまず企業秘密の漏洩リスクに注意しなければいけません。
業種や業態などによって、会社はさまざまな企業秘密を保有しています。
たとえば、「顧客情報(名簿)」、「取引先情報」、「接客・販売マニュアル/ノウハウ」、「製造方法・技術」、「設計図面」、「研究成果」などです。
従業員(元従業員)が、「会社が行なっている取引と目的物(提供する商品やサービス)」、「市場(地域や流通段階など)」、「原材料の購入」などで会社と競合する取引を行なったり、競合他社に就職したりといった場合に企業秘密を漏洩してしまうと、会社は重大な損害を被る可能性があるわけです。
それらがなかったとしても、会社が費用をかけ、苦労して集客した顧客を、「たまたま担当していた」として顧客を奪取されると、会社が損害を被ることになります。
従業員の競業に
どう対応するか?
/競業避止(禁止)義務
競業を禁止することを法律用語で「競業避止(きょうぎょうひし)」といいます。
労働契約の原則として、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない」とされます(労働契約法第3条4項)。
たとえば、在職中に会社の機密情報を外部に漏らしたり、自社の顧客を競合他社に案内したりといった行為は会社に損害を与えるものですから、会社が利益を守るために従業員に対して競業を禁止するには「競業避止義務」を課す必要があります。
従業員に競業避止義務を課すには、一般的に次の2つの方法で段階的に行ないます。
- ・入社前に競業避止義務に関する誓約書を交わす。
- ・在職時は、就業規則で競業避止義務について規定。
従業員の退職後の競業を
禁止できるのか?
/「職業選択の自由」
「営業の自由」と
「退職の自由」
では、退職後の元従業員の競業避止義務についてはどうでしょうか。
じつは、退職後(労働契約の終了後)の従業員に対して、会社は無制限に競業避止義務を課すことはできません。
法的に、従業員には次の2つの自由が認められているからです。
職業選択の自由・営業の自由
日本国憲法により、私たち日本国民には職業選択の自由・営業の自由が保障されています。
1.何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
そのため、会社は勝手に従業員の転職、競業を制限することはできないのです。
退職の自由
原則として、労働基準法や民法などにより従業員(労働者)には退職の自由が認められています。
- ・労働契約締結時に明示された労働条件が事実と違っていた場合、労働者は即時に労働契約を解除することができる(第15条2項)。
- ・期間の定めのある労働契約(1年を超えるもの)の場合、契約の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、(民法第628条の規定にかかわらず)いつでも退職することができる(第137条)。
- ・雇用期間を定めない労働契約を結んだときは、いつでも解約の申入れをする(退職する)ことができ、解約の申入れの日から2週間が経過すれば雇用関係は終了する(第627条1項)。
- ・雇用期間の定めのある有期労働契約については、やむを得ない事由があるときは、各当事者は直ちに契約の解除をすることができる。
解約の事由が当事者の一方の過失によって生じたものの場合は、相手方に対して損害賠償の責任を負う(第628条)。
※やむを得ない事由があるときとは、雇用契約前に提示された労働条件(労働時間・給料・休日・残業など)が実際は違った場合や給料の支払い遅延、労働環境が劣悪といった場合などが該当します。
以上のことから、従業員の退職時にも一定期間の競業避止義務について誓約書を交わすことが一般的だといえます。
競業避止(禁止)義務が
有効となるための6つの判断基準
従業員の競業避止義務が認められるには、その有効性が問題になってきます。
ここでは経済産業省が公開している資料「競業避止義務契約の有効性について」を参考に、競業避止(禁止)義務の有効性を判断する基準について見ていきます。
守るべき企業の利益があるか
「競業避止義務契約を導入してでも企業側が守るべき利益があるか」がポイントになり、次のものが該当します。
- 1. 不正競争防止法によって明確に法的保護の対象とされる「営業秘密」。
- 2. 営業秘密に準じる価値のある独自のノウハウやナレッジ(知識・情報など)。
退職する従業員や退任する取締役が持つ知識や情報が重要なものであるため、これらが流出してしまうと企業の利益が損なわれる場合は、競業避止義務が有効となる可能性が高いでしょう。
従業員の地位
ここでの「従業員の地位」というのは、形式的に特定の地位にあることをいうのではなく、企業が守るべき利益を保護するために、競業避止義務を課すことが必要な従業員であったかどうかを指しています。
そのため合理的な理由がなく、すべての従業員を対象とした社内規定や契約書は認められにくいでしょう。
取締役であっても守るべき情報に接していなければ、競業避止義務の有効性を認めないとした判例もあります。
地域的な限定
地域的な限定については、会社の事業内容や事業展開地域、職業選択の自由に対する制約の程度、 特に禁止行為の範囲との関係に照らし合わせて、その有効性が判断されます。
たとえば、事業を全国展開している企業が求めた競業避止義務について、「禁止範囲が過度に広範囲であるとは言い切れない」と判断された判例もあります。
競業避止義務期間
退職後に競業避止義務が存続する期間については、形式的に何年以内であれば認められるというわけありません。
裁判では元従業員の不利益の程度を考慮したうえで、業種の特徴、守るべき企業の利益を保護する手段としての合理性などにより判断されていると考えられます。
具体的な競業避止義務が存続する期間については1年以内の期間であれば肯定的にとらえられている判例が多いですが、近年は2年の競業避止義務期間については否定的にとらえている判例が見られます。
ただ、それ以上でも有効とした判例があるなど、明確な基準はありません。
禁止される競業行為の範囲
競合企業への転職を一般的・抽象的に禁止するだけでは、禁止行為の範囲についての合理性が認められないケースが多くなっています
ただし、禁止対象となる活動内容(在職中に担当した顧客への営業活動など)や従事する職種等が限定されている場合は、範囲が限定されているとして競業避止(禁止)義務が有効であるとの判断も多くなっている傾向にあります。
代償措置の有無
競業避止義務を課すことの対価として明確に定義されたものを「代償措置」といいます。
たとえば、退職後の独立支援制度や厚遇措置などがあげられますが、こうした代償措置がない場合は競業避止義務の有効性が否定されるケースが多くなっています。
ただし、対価として明確に定義された代償措置がなくても、みなし代償措置も含めた代償措置と呼べるものがある場合は、有効性が認められるケースが多くなっています。
具体的な事例も含めた詳しい内容は、こちらの資料を参照してください。
【参考資料】:競業避止義務契約の有効性について(経済産業省)
【参考記事】:競業避止 具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性(厚生労働省)
誓約書や就業規則の
具体的内容について
退職後の元従業員に対して、競業避止(禁止)義務を求めるためには、誓約書や就業規則で規定しておくことが必要です。
誓約書の具体的な内容例
1.私は、在職中及び貴社を退職後1年間は、以下の行為を行なわないことを誓約します。
①貴社と競合する事業を行なう事業者に就職し、またはその役員に就任すること。
②貴社と競合する事業を自ら営み、またはその設立に関与すること。
③貴社の顧客(取引先や提携先を含みます。)に直接または間接を問わず、取引を行なうこと。
2.私は、前項に違反する行為を行なった場合、貴社に対して損害賠償責任を負うことに同意し、異議を述べません。
就業規則の具体的な内容例
第●条(競業避止義務違反)
従業員は在職中及び退職後6か月間、会社と競合する他社に就職及び競合する事業を営むことを禁止する。ただし、会社が従業員と個別に競業避止義務について契約を締結した場合には、当該契約によるものとする。
就業規則で会社が注意するべきポイント
就業規則では、会社が注意しなければいけないポイントがあります。
就業規則の不利益変更
これまで会社の就業規則で競業避止義務を定めていなかったのに、新たに規定を加えたい場合は注意が必要です。
というのは、労働契約法により、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」とされているからです(労働契約法第9条)。
実際、無効と判断された判例もあります。
従業員への就業規則の周知など
ただし、次の場合は就業規則の不利益変更にはならないとされています(労働契約法第10条)。
- ・変更後の就業規則を労働者に周知させている。
- ・就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき
裁判にまで発展した際、「周知されていなかったから無効である」と従業員から反論される可能性もあるため、周知は徹底しておくことが望ましいです。
就業規則では、それぞれの従業員に合わせた内容(地位や仕事の内容)を設定するのは難しいものです。
しかし、誓約書には個別の内容を入れ込むことができますし、周知されていなかったという問題も防止することができます。
就業規則や誓約書の作成・リーガルチェックは、労務問題に詳しい弁護士に相談・ご依頼されることをおすすめします。
競業避止(禁止)違反の従業員に
会社が取るべき対応
従業員に競業避止(禁止)義務違反が認められた場合、会社として従業員(元従業員)に対して次のような対応を取ることができます。
競業行為の差し止め請求
競業避止義務が存在し、合理的な範囲内であれば、会社は従業員(元従業員)に対して、競業行為の差止めや差し止めの仮処分の請求をすることができる場合があります。
損害賠償請求
競業避止義務違反が認められる場合、会社は従業員(元従業員)に対して、損害賠償請求をすることができる場合があります。
懲戒処分
従業員が在職中であれば、懲戒処分を検討することもできます。
懲戒処分には軽いものから順に、「けん責・戒告」、「減給」、「降格」、「出勤停止」、「論旨解雇」、「懲戒解雇」などがあります。
退職金の減額・不支給
従業員が在職中であれば、退職金の減額や不支給を検討することもできる場合があります。
そのためには、退職金規定に明確な規定が存在することが必要になります。
刑事罰など
会社の営業秘密が盗用された事実が確認できれば、不正競争防止法違反として告訴することも可能です。
不正競争防止法違反は犯罪であり、刑事事件においては「営業秘密侵奪罪」となり、次の罰則が科されます。
「10年以下の拘禁刑、もしくは2,000万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する。」(第21条)
※法人の場合:5億円以下の罰金。
※海外での不正使用目的(海外企業への情報漏洩)の場合:個人では10年以下の拘禁刑、もしくは3,000万円以下の罰金、法人の場合は10億円以下の罰金。
【参考資料】:不正競争防止法の概要(経済産業省)
従業員の競業避止(禁止)義務違反は弁護士に相談を!
会社にとって、従業員(元従業員)による競業避止(禁止)義務違反は重大なリスクを孕んだ問題です。
すでに問題が発生している、あるいは問題を未然に防ぎたいと考えておられる経営者の方は、まずは一度、弁護士にご相談ください。
われわれ弁護士は、次のようなサポートをご提供できます。
- ・「就業規則や誓約書、契約書の作成」や「リーガルチェック」
- ・「競業避止義務違反」や「企業秘密の漏洩」への法的対応
- ・「損害賠償請求」等の手続や裁判 など
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