医師が残業代を請求する方法
人命に関わる大切な仕事をされている医師の方の中には、膨大な残業時間とそれに見合った適正な残業代を受け取れていない、という問題に直面しておられる方がいらっしゃるでしょう。
そこで、まず知っていただきたいのは、次の3つのポイントです。
- ①医師の方も適正な残業代を受け取ることができるという事実。
- ②残業代請求の第一歩として、またもっとも重要な鍵になるのは証拠集め。
- ③残業代の請求には期限があるため、早めの対応が大切。
本記事では、医師の方に未払い残業代が発生する理由から病院側に対して残業代請求を行なう際の手順や注意ポイント、残業代の算定方法まで法的に解説していきます。
目次
医師の方も残業代を受け取ることができます!
世界的なコロナ禍、パンデミック状況下で「エッセンシャルワーカー」=「社会生活を支えるために必要不可欠な職種」という言葉が広く使われるようになり、医師や看護師などは代表的なエッセンシャルワーカーとして、あらためて脚光を浴びる場面も多くありました。
一方、医師や看護師という職業は人命にかかわる仕事のため、残業が多いことが当たり前になっている現実があります。
実際、自分の都合だけで仕事をするわけにはいかず、どうしても残業が増えてしまうという傾向にあり、「過労死ライン」を超える残業を行なっている医師の方も少なくない状況です。
そして、ここで問題なのは残業代が支払われないことも多く、いわゆる「サービス残業」が医療業界の慣例のようになってしまっていることです。
たとえば勤務先の病院から、
「年俸制だから残業代は支払われない」
「管理職には残業代は支払われない」
などと言われ、泣き寝入りをしている方もいるようです。
しかし、知っていただきたいのは、医師も労働者ですから日本の労働関係法令の定めにしたがって残業代を受け取る権利がありますし、当然に請求することができるということです。
【参考資料】:過労死等防止対策(厚生労働省)
残業代の根拠となるのは労働基準法
労働基準法が定める労働時間とは?
労働基準法(第32条)では、労働時間の上限が次のように定められています。
- ●1週間について40時間(休憩時間を除く)
- ●1日について8時間(休憩時間を除く)
これを超えて労働した場合、使用者(病院)は労働者(労働者)に対して、労働時間分の割増賃金を支払う必要があります。
第32条(労働時間)
- 1.使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
- 2.使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
使用者は労働者に割増賃金(残業代)を支払う義務がある
割増賃金とは、病院が労働者に支払う、いわゆる残業代(残業手当)のことです。
なお、残業には「法定内残業」と「法定外残業」があります。
企業の就業規則で定められた労働時間を所定労働時間といい、この所定時間を超えて働いたが、法律上許される法定労働時間内におさまっている場合、法定内残業となります。
たとえば、ある企業の所定労働時間が6時間の場合で2時間残業した場合は法定内残業、3時間残業した場合は労働基準法で定める8時間を超えているので、1時間分が法定外残業とみなされます。
法定外残業代の割合について
法定外残業代とは、病院が時間外労働(残業)、休日労働、深夜労働(午後10時から午前5時までの間の労働)を行わせた場合に支払わなければならない賃金のことで、次のように定められています。
- ・1か月の残業時間が60時間まで⇒通常の賃金の2割5分以上の割増
- ・1か月の残業時間が60時間以上⇒通常の賃金の5割以上の割増
- ・休日労働⇒3割5分以上の割増
- ・深夜労働⇒2割5分以上の割増
- ・時間外労働が深夜業となった場合⇒合計5割(2割5分+2割5分)以上の割増
- ・休日労働が深夜業となった場合⇒6割(3割5分+2割5分)以上の割増
なぜ医師の未払い残業代が発生するのか?
ここでは、医師の未払い残業代が発生する主なケースを見ていきましょう。
年俸制だから残業代は支払わない?
病院側がよく勘違いしている、あるいは悪用しているケースに、「年俸制を採用しているため残業代を支払う義務はない」というものです。
給与額を1年単位で決めることが年俸制ですが、これはあくまで1年間の給与額を決めただけで、残業代を支払わなくていいわけではありません。
そのため原則として、労働基準法が適用されることを理解しておく必要があります。
病院側が残業代を年俸に含めるには、次の条件を満たす必要があります。
- ・労使間の労働契約に、「年俸に時間外労働などの割増賃金(残業代)が含まれている」ことを明示している。
- ・通常の労働時間の賃金と時間外労働などの割増賃金(残業代)をしっかり区別している。
- ・何時間分の残業代が年俸に含まれているのか明示している。
- ・区別された残業代が、労働基準法で定められた割増率以上である。
- ・労働者の実際の労働時間が、定められた時間内に収まっている。
固定残業制だから基本給や手当に残業代が含まれている?
病院によっては、「手当や残業代は基本給に含まれている」「固定残業制だから残業代は支払われない」などと主張するケースがあります。
しかし判例では、基本給については次の2つの条件がそろっている場合にのみ、その予定割増賃金分を割増賃金の一部または全部とすることができる、としていることに留意する必要があります。
- ・基本給のうち、割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされている。
- ・労働基準法に所定の計算方法による額が、その額を上回るときはその差額を支払うことが合意されている。
(小里機材事件:最判昭和63・7・14)
つまり、これらの要件を満たしていないのであれば、病院側が「手当に残業代が含まれている」と言ったとしても、その主張は有効ではないとして残業代を請求できることになります。
注意するべきは、固定残業代(みなし残業代)は「いくら残業しても、残業代は固定されているから変わらない」という意味ではないことです。
固定残業代に含まれる一定時間分の残業を超えた場合は当然、残業代が別途に発生するので、ご自身の日々の労働時間をしっかり、正確に管理し、記録を残しておくことが大切なのです。
- ・固定残業代制に関する記載が、労働契約書や就業規則にあること。
- ・基礎賃金(基本給)と固定残業代が判別できること。
- ・固定残業代に含まれる労働時間数、金額の計算方法が明確であること。
管理監督者には残業代は発生しない?
医師は、看護師を束ね、指揮する立場でもあるため管理監督者とみなされる傾向があり、病院側は「残業代を支払う必要はない」と考えている場合もあるようです。
これは、労働基準法の第41条2号で、使用者は管理監督者にあたる者への残業代支払いの義務が免除されているからです。
しかし、管理監督者であるかどうかは、①職務内容、②責任と権限、③勤務態様、④待遇などを踏まえて、実態に即して判断していく必要があり、次の条件を満たす必要があります。
- ・経営者と一体的な立場で仕事をしている。
- ・出社・退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない。
- ・その地位にふさわしい待遇がなされている。
これらの条件を満たしていないのであれば、「名ばかり管理職」であるとして、残業代が発生する可能性が高いといえるでしょう。
なお、過去の民事裁判例などについては、こちらの資料を参考にしてください。
【参考資料】:労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために(厚生労働省)
しっかりマスター!労働基準法 管理監督者編(東京労働局)
残業代請求で重要な2つのポイント解説
残業代を請求して、しっかり受け取るために、はずしてはいけないポイントがあるので確認しておきましょう。
有効な証拠を収集してそろえておく
未払い残業代を請求して受け取るには「証拠」が重要になります。
日頃から次のような記録、データをご自身で管理し、証拠としてそろえておくことが大切です。
出退勤の記録(タイムカードなど)
勤務医の場合、緊急対応や診療時間外の対応などがあり時間外労働も多いため、タイムカードや勤怠管理システムのデータなど、日々の記録をとっておくようにしてください。
就業規則・雇用契約書
勤務している医療機関の就業規則と雇用契約書には通常、給与や雇用形態に関する規定が記載されているはずです。
また、時間外労働に対する手当に関する内容が記されていれば、これらは未払い残業代を割り出すための重要な資料になります。
医療記録(電子カルテなど)
電子カルテには患者の状況を記録しますが、医師の出勤や残業の状況を把握できるデータが記載されていれば、残業時間の重要な証拠になります。
ただし、病院の秘密情報であり、また、患者のセンシティブな個人情報になるため、安易に持ち出さず、取り扱いについては、未払い残業代に詳しい弁護士などに相談するのがいいでしょう。
残業代の請求権の時効に注意
ある一定の期間を経過してしまうと、権利自体が消滅してしまう制度があり、これを「消滅時効」といいます。
現時点(2024.8.1)では、残業代の請求期間は3年となっているため、この期間を過ぎると残業代を請求することができなくなってしまうので注意が必要です。
今すぐ対応!残業代を請求する方法
前述したように、残業代の請求には時効があるため、すぐに対応することが大切です。
ここでは、大まかな流れについて解説していきます。
①証拠を集める
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②残業代の算定
残業代は、次の単純な計算式で算定します。
後から病院側に反論されないように正確に算定することが大切です。
計算方法は、こちらの記事を参考にしてください。
・残業代請求の方法と弁護士に相談すべき9つの理由
↓
③残業代の請求
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④病院側との交渉
残業代の支払いを受けるため、相手方と話し合いを行ないます。
相手方が話し合いに応じない場合は「内容証明郵便」を使って請求書を送るなどの対応も検討します。
合意が得られたなら「合意書」を作成します。
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⑤労働基準監督署に相談
合意が得られない場合労働基準監督署に相談する方法もあります。
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⑥労働審判を利用する
また、交渉が決裂した場合は、裁判所で「労働審判」をする方法もあります。
【参考資料】:労働審判手続(裁判所)
・労働審判とあっせん
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⑦労働裁判を起こす
労働審判でも解決できなかった場合には、労働裁判を起こして残業代を請求します。
裁判をするメリットの1つは、判決が出ると遅延損害金や付加金が加算される可能性があることです。
つまり、実際の残業代よりも大幅に受取金額が増額する可能性があるのです。
医師の残業代請求は弁護士に相談・依頼してください!
ここまでお話ししてきたように、医師の方は適正な残業代を受け取ることができる可能性があります。
しかし、自力で病院側に残業代請求をして交渉していくのは、なかなか難しいという現実もあります。
そこで検討していただきたいのは弁護士への相談・依頼です。
弁護士に依頼すると、次のようなメリットがあります。
- ・残業代請求に関する的確なアドバイスを受けることができる。
- ・正確な残業代を計算してもらえる。
- ・弁護士が、ご本人の代理人として病院側との交渉にあたってくれる。
- ・医師の方は精神的なストレスを軽減でき、業務に集中できる。
- ・最終的には裁判での解決により残業代を受け取れる可能性が大幅に高まる。
なお、2024(令和6)年4月1日から、働き方改革関連法により医師においても時間外労働の上限規制が適用となっています。
【参考資料】:医師の働き方改革手続きガイド(厚生労働省)
弁護士法人みらい総合法律事務所では、残業代請求など医師の方の法的な問題やトラブルに関するご相談もお受けしています。
まずは一度、気軽にご連絡をいただければと思います。