会社の取締役の競業禁止とは?
日本国憲法には「職業選択の自由」が定められています。
第22条第1項
「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」
ところが一方で、会社との関係で「競業避止(競業禁止)」が問題になる場合があります。
後ほど詳しく解説していきますが、会社の取締役が競合他社に転職したり、会社と競合する業務を行なうことを禁止することを競業避止(きょうぎょうひし)といいます。
特に取締役は、会社の業務執行について大きな権限を持っており、さまざまな企業機密にも通じています。
そのため、会社として取締役の競業は自社の経営を脅かすことになる可能性もあることから競業避止(禁止)の義務を課すわけですが、これが有効となるためには判断基準があり、会社としての適切な対応が必要になってきます。
そこで今回は、取締役の競業避止(禁止)について、
- ・会社法と競業避止(禁止)の概要
- ・禁止される競業の内容
- ・競業禁止が有効となる判断基準
- ・取締役会等で承認される取引内容
- ・損害賠償請求の手続き
などについて、解説していきます。
雇用の流動化が進んでいる現在、企業の機密情報やナレッジ(知識や情報などの蓄積)の流出リスクに備えるためにも、競業避止(禁止)について理解しておきましょう。
※本記事では株式会社だけを対象にします。
目次
競業避止(競業禁止)義務をわかりやすく解説
取締役の競業避止(禁止)義務とは?
会社の取締役が他社に転職して雇用されたり、会社と競合する事業を行なうことを「競業」といいます。
取締役が競業をすることで、会社の顧客情報やノウハウなどの企業秘密を流出させて自己の利益を図ることができます。
そうすると、会社は経営においてダメージを受けかねないため、「会社法」などは会社に無断で競業する取引をしないよう、取締役に対して一定の規制を定めているのですが、これが「競業避止(禁止)義務」と呼ばれるものになります。
第356条(競業及び利益相反取引の制限)
1.取締役は、次に掲げる場合には、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会・第365条1項)において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
言い換えるなら、取締役には競業をして会社の利益を不当に侵害してはならない義務があり、競業避止義務を課すことは企業の利益を守るためには非常に重要なものだということになります。
・会社の営業秘密の漏洩への対処法
競業避止(禁止)義務の対象になる取締役とは?
会社と取締役との関係は委任に関する規定に従うとされるため(会社法第330条)、在任中の取締役は会社に対して、その職務を行なうことについて、善良な管理者としての注意義務=善管注意義務を負います(民法第644条)。
そのため、代表取締役を含めたすべての取締役には、業務の執行に従事しているかどうかに関わらず、競業避止(禁止)義務が適用されます。
社外取締役に対しても、また何らかの理由で名前だけを貸した名目的な取締役になっている場合でも競業避止義務は適用されるわけです。
なお、基本的に競業避止義務は在任中の取締役が対象になりますが、契約内容などによってケースバイケースで判断されます。
一般的には、退任後も一定の範囲内で競業を禁止するケースがあります。
競業となる業務とは?
①競業の種類
競業避止(禁止)義務の範囲について、会社法の第356条第1項では「株式会社の事業の部類に属する取引」と規定しています。
そして、一般的に、「現在または将来にわたって、市場での取引が競合する可能性があるか否か」によって競業の判断がされます。
- ・会社が行なっている取引と目的物(提供する商品やサービス)
- ・市場(地域や流通段階など)
- ・原材料の購入など
具体的には、これらが競合する取引=競業となり、将来的に行なう可能性のある事業も競業する取引と判断されます。
一方で、会社の定款には記載されているものの、現在は行っていない事業、かつ将来的に行なう計画のない事業は競業にはならないとされています。
②第三者の利益のための取引も禁止
禁止される取引には、自分の利益のためだけでなく、第三者の利益のために行なう競業取引も含まれることに注意が必要です。
③退任後の競業行為について
前述したように、在職中の取締役には会社法第356条第1項の規定により、競業避止義務が課されます。
では、退任後はどうなるのかというと、日本国憲法第22条「職業選択の自由」に照らして判断されます。
判例では、「退任後の取締役も職業選択の自由を持つ」と判断されている一方で、「企業に損害を与える競業は許されない場合もある」との判断もあります。
そのため一般的には、たとえば「同一県内で、1~2年以内の同業他社への転職禁止」といったように、範囲を限定したうえでの競合避止が課されるケースがあります。
競業避止義務の期間や地域的な限定については、あらかじめ誓約書や合意書など書面化しておくことが望ましいです。
取締役の競業に対して会社がとるべき対応は?
競業避止(禁止)義務が無効にならないよう、会社としては次のような対応が求められます。
取締役契約書などで明確に規定しておく
会社が取締役を任命する場合、「取締役契約書」などで労働条件やさまざまな取り決めを行ないますが、この契約書に「競業避止義務に関する規定」を盛り込んでおき、対象者から取得しておくことが大切です。
具体的な内容については、判例などを参考に適切なものにします。
その際、会社側だけに有利な内容にしてしまうと無効と判断される場合があるので、契約書の作成やリーガルチェックは弁護士などの専門家に相談・依頼されることをおすすめします。
・契約書の作成を弁護士に依頼するメリットとは?
秘密保持契約の締結
取締役に就任する際、競業の禁止だけでなく、秘密保持契約を締結します。
内容を書面化し、「機密保持に関する誓約書」などを対象者から取得しておきます。
なお、会社法が規定する取締役の競業避止義務は在任中に限定されます。
退任後も競業避止義務を課すためには、実際に取締役が退任する際にも再度「秘密保持契約」を締結し、誓約書や合意書などを取得して、機密情報の漏洩を防止するようにしておくのがいいでしょう。
取締役の監視の実施
取締役の競業避止義務が守られているかどうか、会社が定期的に確認する体制を整備しておくと違反への抑止力になるでしょう。
3か月あるいは半年ごと、もしくは1年に1回など、会社の法務部や弁護士等の社外の専門家による調査を実施することを社内で周知し、実行します。
取締役に必要とされる対応とは?
会社の承認を事前に得るとはどういうことか?
一方、取締役側としては、前述したように会社の事業と競合する事業を行なおうとする場合には、会社に事前に重要な事実を報告し、承認を得ておく必要があります。
ここは事後ではなく、事前の承認であることに注意が必要です(会社法第365条第1項、第356条第1項1号)。
取締役会設置会社以外の会社では株主総会に、取締役会設置会社では取締役会に重要な事実を報告し、事前に承認を得ておきます。
取締役が行なった競業取引が会社に損害を与えた場合、事後承認では総株主の同意がなければ、その責任が免除されません(会社法第424条)。
開示するべき事実
会社の承認を求めるにあたって、競業行為を行おうとする取締役は「取引先」、「目的物」、「数量」、「価格」、「取引の期間」などの取引に関する重要事実を開示する必要があります。
会社側の立場に立った場合、競業取引の具体的な内容を把握でき、それに基づいて承認をするかどうかの判断ができるだけの情報の開示が必要、ということになります。
取引後の報告も必要
会社法では、「取締役会設置会社においては、取締役が競業取引をした場合、取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない」と規定しています(会社法第365条第2項)。
なお、事後の報告を怠ったり、虚偽の報告をした場合は、行政上のペナルティとして100万円以下の「過料」が科される可能性があるので注意するべきです(会社法第976条23号)。
競業避止(禁止)違反の場合に会社が取るべき対応について
会社の承認を得ていれば、取締役はどういった競業を行なっても問題ない、というわけではありません。
会社が承認していた取引であったとしても、会社に損害が発生した場合は取締役(元取締役)に対して責任を追及することができます。
競業行為の差し止め請求
取締役(元取締役)が競業避止義務に違反して第三者と取引を行なった場合(この第三者が競業避止義務に違反することを知っていた場合も)、原則として法的には、この取引自体は無効とはされません。
というのは、競業避止義務の話は取締役とその会社間の問題であって、第三者である取引の相手方には関係のないことだからです。
しかしながら、取締役の競業行為により会社が営業上の利益を侵害された場合、また侵害されるおそれがある場合には、差し止めや差し止めの仮処分の請求をすることができます。
損害賠償請求
会社法第423条では、取締役が善管注意義務を怠って会社に損害を与えた場合は、損害賠償責任を負わなければならない、と規定しています。
また、取締役が競業取引によって会社に損害を与えた場合、事後承認では総株主の同意がなければ、その責任が免除されません(会社法424条)。
会社が損害賠償請求できる金額については、「取締役または第三者が競業によって得た利益が会社の損害であると推定される」という規定があります(会社法第423条第2項)。
そのため、損害賠償請求額は、実際に発生した損害の範囲を基に計算されます。
なお、損害賠償を請求するには、取締役(元取締役)の競業避止義務違反によって、どのような損害が発生したのか、財務的な損失や市場の損失などを具体的に証明する必要があります。
退職金の不支給
取締役に競業避止義務違反があった場合、生じた損害を補填するための手段としても、会社が退職金を不支給にするという方法があります。
なお、取締役が承認を得ないで競業取引を行なった場合は任期途中で解任できる正当な事由にもなり得ます。
会社として、これらの対応を取りたい場合は法的な問題が大きく関わるため、まずは弁護士に相談されることをおすすめします。
競業避止(禁止)義務に関する問題は弁護士にご相談ください!
ここまで、会社の取締役(元取締役)の競業避止(禁止)義務について解説してきました。
取締役は株主総会の決議によって選任され、企業から経営を委任された人であり、企業にとって重要な役割を担っています。
そのため、取締役への競業避止義務は会社法などにより規制され、一般の従業員とは異なる義務が課されています。
取締役(元取締役)の競業避止(禁止)義務で問題が発生している、あるいは問題を未然に防ぎたいと考えておられるなら、まずは一度、弁護士にご相談ください。
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