家族が認知症になった場合の財産管理方法【成年後見】
高齢の親が認知症を発症したことで、さまざまなトラブルが起きています。
親などの家族が認知症になった場合の財産管理方法として「成年後見制度」があるのをご存知でしょうか?
成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などのために物事を判断する能力が十分でない人に対して、成年後見人が保護や支援をする制度です。
成年後見人には法的な権限が与えられているため、保護や支援を受ける人の意思を尊重し、状況を考慮しながら生活や財産を守ります。
認知症の親の行動などについて、次のようなお悩み・お困り事を抱えている場合は、成年後見制度を利用するのも選択肢の1つになります。
「知らないうちに親が高額の契約をしており、数百万円の借金を作っていた」
「銀行通帳やクレジットカードを何度も紛失してしまう……」
「投資詐欺被害で、あやうく数千万円の損失を被るところだったが、今後も繰り返しそう……」
「認知症が始まった親と離れて暮らしているため、何かと心配が絶えない」
「銀行などの口座が凍結されて、家族が生活費を引き出すことができない事態は避けたい」
認知症で判断能力がないとされた親の財産管理ができるのが成年後見制度の最大のメリットです。
しかし、次のようなデメリットもあることを知っておく必要があります。
- ・第三者の成年後見人には毎月、報酬を支払わなければいけない。
- ・家族が財産を自由に使うことができない。
- ・手続きに手間がかかる。
- ・子供などの家族が後見人になれるとは限らない。 など
そこで本記事では、親の認知症問題を中心に、「成年後見制度の概要」、「メリットとデメリット」、「利用する際の手続きと流れ」、「賢い財産管理方法」、「注意するべきポイント」などについて解説していきます。
現代の日本では、認知症は社会問題になっており、今後さらに発症者は増加していくと考えられています。
実際、すでに親の認知症でお困りの方、また今後に備えて早めに手を打っていきたい方などは、ぜひ最後までお読みになって、正しい知識と情報を手に入れてください。
目次
成年後見制度で知っておきたい
基礎知識
成年後見制度と後見人の
役割とは?
成年後見とは、認知症などで判断能力が低下して不十分になった人(以下、基本的に「親」や「本人」と表記)の財産を守り、損害を受けないように保護・支援する制度です。
そして、こうした方(成人)の保護・支援をするのが「成年後見人」になります。
【参考資料】:成年後見(東京弁護士会)
※未成年者の場合で、親権者がいない、または親権を行なう者が管理権を有していないときに、親権者の代わりを行なうのが「未成年後見人」ですが(民法838条1号)、本記事では成年後見人について解説していきます。
なお、親に判断能力があるうちは「家族への民事信託」を利用することができます。
家族への民事信託は、成年後見より財産の管理・運用を柔軟に行なえるなどのメリットがあります。
しかし、判断能力がなくなってしまった場合は成年後見制度を利用することになります。
民事信託の詳しい内容は、こちらの記事を参考にしてください。
・家族が認知症になった場合の財産管理方法【信託】
法定後見と任意後見の
違いとは?
成年後見制度には、「法定後見」と「任意後見」の2つの種類があります。
法定後見
親などの家族が認知症等により、すでに判断能力が低下してしまっている場合に、さまざまな契約や手続などについて、家庭裁判所から選任された「法定後見人」がサポートするものです。
言い換えると、認知症により親が自分で判断できなくなった場合は法定後見しか利用できない、ということになります。
法定後見は判断能力の低下の程度によって、次の3つに分けられます。
「後見」
判断能力をつねに欠いている方を対象に、家庭裁判所が成年後見人を選任し、支援を行ないます。
原則として、すべての法律行為を代理することができ、同意または取り消しをすることができます。
「保佐」
判断能力が著しく不十分な方を対象に、家庭裁判所が保佐人を選任し、支援を行ないます。
申立てにより、裁判所が定める行為の代理をすることができます。
民法第13条1項に記載の借金、相続の承認などの行為のほか、申立てにより裁判所が定める行為について同意または取り消しをすることができます。
「補助」
判断能力が不十分な方を対象に、家庭裁判所が補助人を選任し、支援を行ないます。
申立てにより、裁判所が定める行為の代理、同意または取り消しをすることができます。
どれが適切なのかの選択は、医師の診断書や本人との面談などをもとに家庭裁判所が決定します。
【参考資料】:法定後見制度とは(手続の流れ、費用)(厚生労働省)
民法 (e-Gov 法令検索)
任意後見
親などの家族にまだ判断能力があり、自分で決められるうち(認知症などになる前)にあらかじめ、後見人(任意後見人)を選び、自分の代理で行なってもらいたいことについて契約しておく制度です。
内容は公正証書による契約で定めておきますが、判断能力があるうちは任意後見が開始されないので、通常の日常生活を送ることができます。
本人の判断能力が低下して、不十分になった段階で、任意後見人を監督する「任意後見監督人」を家庭裁判所で選任するために申立てを行ない、任意後見人による支援が開始される、という流れになっています。
任意後見人は、財産管理、相続税対策、資産運用などを代理することができます。
なお、任意後見は本人の意思によって後見人を選んでおく制度であり、本人の意思や判断が尊重されるともいえます。
そのため、契約の代理権はありますが、本人がした不利益な契約などを任意後見人が取消すことはできません。
【参考資料】:任意後見制度(東京弁護士会)
いざという時のために知って安心 成年後見制度
成年後見登記制度(法務省)
成年後見が始まる時期と
後見人の仕事が終わる時期
成年後見は、申立権者が「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について」の申立てを行ない、後見開始の審判があったときに開始します(民法839条2号)。
そして、成年後見人の職務は、依頼者本人が死亡すると終了します。
後見人に選任された場合は勝手に辞めることができず、これはご家族が選任された場合も同様です。
後見人を辞めるためには家庭裁判所の許可が必要となります。
なお、不正行為等があった場合は、家庭裁判所から解任される場合があります。
成年後見人の職務について
成年後見人の職務について、ここでは3つに分けて解説していきます。
財産管理
成年後見人は、成年被後見人である本人の財産上の利益を保護するため、財産の管理を適切に行なう役割があります。
- ・預貯金の入金や出金の管理
- ・銀行口座等の解約
- ・不動産の管理や処分
- ・契約の締結や取り消し
- ・税金の申告や納税
- ・年金の申請や受け取り
- ・保険金の受け取り
- ・訴訟の手続き
- ・遺産分割協議への参加 など
身上監護
判断能力を失った人の生活上の安全や健康を守るため、本人に代わって法律行為(契約の手続きなど)を行なうことを「身上監護」といいます。
<身上監護の例>
・医療に関する契約や医療費の支払いなど
※ただし、手術等に対する同意をすることはできません。
・介護等に関する契約や支払い
※介護サービス契約(有料老人ホーム等への入所契約など)の締結、要介護度の認定請求や不服申し立てなど。
・介護保険の認定申請
・住居の賃貸契約、更新、賃料の支払い など
職務内容の報告
職務内容について適切に行なっていることを家庭裁判所に報告します。
報告は原則、年1回で、「後見等事務報告書」、「財産目録」、「預貯金通帳のコピー」、「本人収支表」の4つを提出します。
成年後見人の選任や申立てなどのポイント解説
家族は成年後見人になれない!?
成年後見人の候補者には本人の親族のほか、弁護士など法律の専門家、福祉の専門家、市民後見人、福祉関連の公益法人、成年後見監督人などがなります。
成年後見の申立てを受けた家庭裁判所は候補者が適任かどうか審理し、決定しますが、ご家族が希望しても、必ずしも成年後見人に選任されるわけではありません。
つまり、ご家族が成年後見人になることを望んでいても、その通りになるとは限らないわけです。
また、希望に沿わない成年後見人が選任されたとしても、それを理由に不服を申し立てることはできないので注意が必要です。
なお、次のような人は成年後見人等になることはできません。
- ・未成年者
- ・復権していない破産者
- ・家庭裁判所から成年後見人等を解任された人
- ・本人に対して訴訟をしたことがある人、その配偶者、直系血族
- ・行方不明者 など
【参考資料】:成年後見関係事件の概況―令和4年1月~12月―(最高裁判所事務総局家庭局)
誰が裁判所に申立てを
できるのか?
家庭裁判所に申立てをすることができるのは、次のような人たちです。
- ・判断能力が不十分な本人
- ・本人の配偶者
- ・4親等内の親族(両親・祖父母・子・孫・ひ孫・兄弟姉妹・甥・姪・おじ・おば・いとこなど)
- ・成年後見人
- ・任意後見人
- ・任意後見受任者
- ・成年後見監督人
- ・市区町村長
- ・検察官 など
なお、申立ては本人の住所地を管轄する家庭裁判所に行ないます。
【参考資料】:申立てをお考えの方へ(成年後見・保佐・補助)(東京家庭裁判所後見センター)
申立てに必要な書類等
申立てで必要な書類には、次のものなどがあります。
- ・申立書
- ・診断書
- ・本人の戸籍謄本
- ・収入印紙
- ・郵便切手 など
※申立書や診断書は家庭裁判所や裁判所ホームページで入手可能。
【参考資料】:成年後見等の申立てに必要な書類等について(裁判所)
成年後見制度のメリットと
デメリット
成年後見制度にはメリットとデメリットがあります。
両方を知っておくことが、損をしない上手な活用につながります。
成年後見制度のメリット
資産凍結によるトラブルを回避
認知症のために銀行等から資産を凍結されてしまうと、本人もご家族も生活費や介護費などを引き出すことができなくなってしまいますが、成年後見人を選任することで、こうしたトラブルを回避することができます。
詐欺被害・不要な契約などの
防止
認知症の親が詐欺などにあったり、不要な契約をすることを防ぐことができます。
万が一、本人が契約してしまっても取消すことができます。
預貯金を管理できる
成年後見人が預貯金を管理できるので、不要な買い物などの使い込みを防ぐこともできます。
不動産の売却などができる
成年後見人を選任することにより、家庭裁判所の許可を得て本人の代わりに売買契約を締結することができます。
介護施設に入所させることが
できる
介護施設との契約を締結することができるので、必要になった場合は認知症の親を介護施設に入所させることができます。
保険金の受取りができる
保険金の受取人になっている人の判断能力が低下した場合、成年後見人を選任することで手続きを進められ、保険金の請求や受取りができるようになります。
遺産相続の手続きを進められる
遺産の相続では「遺産分割協議」などを行ないますが、判断能力が低下してしまうと相続に必要な手続きを進められなくなってしまいます。
また、判断能力が低下しているために不利な条件・内容で合意してしまうこともあるでしょう。
このような状況を回避するためには、成年後見人の選出を検討するといいでしょう。
・遺産相続を弁護士に相談する12のメリットと注意点
成年後見制度のデメリット
成年後見人の報酬を支払い
続けなければいけない
親族が成年後見人になる場合は無報酬であることが多いのですが、それ以外の専門家などが成年後見人になる場合は毎月、管理財産の金額に応じた報酬を支払う必要があります。
また、毎月の報酬以外に特別な職務が生じた場合は別途、追加の報酬が必要になります。
なお、報酬は成年被後見人(本人)の預貯金から支払うことになります。
本人が支払えない場合は、親族が負担します。
いずれにしても、成年後見は認知症などの親が亡くなるまで続くため、相当のコストがかかってしまうことは大きなデメリットといえるでしょう。
親が亡くなるまで成年後見を
やめられない
一度、成年後見を開始すると親が亡くなるまでやめることができないため、よく検討しておくことが大切です。
本人の財産は親族が思うように使えない
成年後見の目的は、本人の財産の保護・管理のため、本人に必要なことにしか財産を使うことができません。
また、財産の使用にはつねに家庭裁判所の判断が関わってくるため、親族が思うように親の財産を使うことはできないのです。
また、親の財産は成年後見人が管理するため、第三者が管理することへの違和感や疑問を持ち続けなければいけない場合もあるでしょう。
財産の自由な運用ができない
- ・親が介護施設に入居したため家と土地を売却したい。
- ・将来に備えて有効な資産運用を行ないたい。
- ・相続税対策や節税のための生前贈与を行ないたい。
こうした希望を持つ親族もいらっしゃると思いますが、これらはすべて家庭裁判所の許可が必要になり、簡単に運用・処分することはできないので注意が必要です。
そもそも手続きに手間が
かかってしまう
成年後見人の選任手続きをするには、まず家庭裁判所に申立てを行ないます。
その際、戸籍謄本や医師の診断書など、さまざまな書類・資料を集めて提出する必要があるため、手間と時間がかかってしまうのもデメリットといえます。
このように、成年後見制度にはメリットとデメリットがあるので、よく検討して進めていくことが大切です。
成年後見で注意するべきポイント
法定後見が始まると本人が
できなくなることは?
選挙権など
成年後見が開始すると、選挙権や被選挙権を失うため、選挙に立候補すること、投票することができなくなります。
取締役への就任
成年後見と保佐が開始すると、以前は会社の取締役になることはできませんでしたが、2019(令和元)年に「会社法の一部を改正する法律」などが成立したことで、成年後見を受ける人も株式会社の取締役に就任できるようになっています。
ただし、取締役などは資質や能力を踏まえて株主総会で選任されるので、成年後見や保佐が開始された場合は、いったんはその地位を失うとされています。
そのため、取締役に再任されるには、あらためて株主総会決議等の手続きを経る必要があります。
資格や地位など
以前は成年後見制度や保佐制度を利用すると、弁護士や税理士等の士業、医師などは資格を失い、公務員の場合は地位を失うなど本人の権利が制限されていました。
しかし、2019(令和元)年に「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」などが成立したことで、権利の制限の規定が削除されています。
そのため現在では、各資格や営業許可、それぞれの職業などで必要な能力の有無などについては個別に判断されることになっています。
【参考資料】:成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律(厚生労働省)
成年後見人に
依頼できないことは?
次のようなことは成年後見人が本人(成年被後見人)の代理で行なうことができません。
- ・介護や日常の世話
- ・日用品の購入の取消し
- ・亡くなった後の葬儀の手配など
- ・養子縁組、婚姻や離婚、子の認知など
- ・遺言書の作成
- ・医療行為への同意
- ・本人(成年被後見人)の保証人になること
- ・身元引受人になること など
法定後見制度で必要な
費用について
法定後見の申立てをする際に必要な、主な費用は次のようになります(2025年6月現在)。
- ・申立手数料(収入印紙):800円
- ・登記手数料(収入印紙):2,600円
- ・本人等の戸籍謄本、住民票
- ・本人の登記されていないことの証明書
- ・その他(連絡用の郵便切手、鑑定料など)
※鑑定が必要な場合は5~10万円、申立て書類の作成などの手続きを専門家に依頼する場合は10~20万円程度の費用を考えておく必要があります。
【参考資料】:Q21:法定後見制度を利用したいのですが、法定後見開始の審判の申立てに必要な費用はどのくらいかかるのでしょうか?(法務省)
後見サイト(東京家庭裁判所後見センター)
以上、親などの家族が認知症になった場合の財産管理方法としての「成年後見制度」について解説しました。
成年後見制度は複雑ですので、利用を検討している方はまずは一度、弁護士にご相談ください。
弁護士法人みらい総合法律事務所は全国対応で、随時、無料相談を行なっています(事案によりますので、お問い合わせください)。