就業規則に定めがない場合、退職金の支払義務があるか?
前提として、退職金制度を設けるか否かは、使用者の自由です。
労働基準法では、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、就業規則の作成義務を課していますが(労働基準法89条)、退職金に関する事項は、必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項ではなく、退職金制度を設けた場合には記載しなければならないという相対的必要記載事項にとどまっています。
退職金は、労働協約や就業規則で規定がなく、使用者がその裁量で任意的・恩恵的に支払う場合には、賃金にはあたりませんが、労働協約や就業規則等でその支給要件等が明確に定められている場合には、賃金にあたりますので、使用者に支払義務があります。
これに対し、労働協約や就業規則等に定めがなく、それまでも退職金が支払われていたという慣行がない場合には、退職金の支払義務はないと考えられます。
問題となるのは、常時10人以上の労働者がいても退職金に関する事項を就業規則等の明記していない場合、あるいは、10人未満の労働者のため就業規則を作成してない場合に、労使慣行として退職金を支払っていたときです。
労使慣行とは、一般的に、労働者と使用者の間で長期間にわたって反復継続して行われてきた取り扱いや行為のことをいいます。
そして、労使慣行として退職金を支払ってきていた場合に、その後の労働者に対しても支払義務が発生しているのかが問題となります。
この点、裁判例では、労使慣行は、それが事実たる慣習として、労働契約の内容を構成するものとなっている場合に限り、法的拘束力を有するものというべきであるとした上で、労使慣行が事実たる慣習となっているというためには、①同種の行為又は事実が一定の範囲において、長期間反復継続して行われており、②労使双方が明示的に当該慣行によることを排除、排斥しておらず、③当該慣行が労使双方(特に使用者側においては、当該労働条件の内容を決定し得る権限を有する者あるいはその取扱いについて一定の裁量権を有する者)の規範意識に支えられていることを要する、としています(日本大学(定年)事件 東京地裁 平成13年7月25日判決)。
したがって、退職金についても、上記3つの要件を満たしている場合には、労働契約の内容となり、使用者に支払義務が発生するものと考えられます。